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過去記事です。

2011年11月23日 矢ヶ崎克馬先生講演会資料 「内部被曝ー放射線の脅威を科学的に見る必要性と隠された歴史ー」

第1章 放射線による分子切断は「被曝評価」の基本

第2章 放射線の作用ー内部被曝の危険

第3章 放射線被害の隠ぺいとICRP

第4章 現に進行している被曝の回避に全力をー日本を被曝地獄にしてはならないー







第1章 放射線による分子切断は「被曝評価」の基本


 放射線の作用は「電離」です。電離は分子切断です。遺伝子と生体で機能分子の切断が健康を破壊します。分子が切断されますので、被曝の危険は2つのタイプに区分されます。第1は分子が切られることにより生命機能が破壊されてしまう危険です。第2は切られた分子が間違って再結合し、異常に変成された遺伝子を持つ細胞が生き延びることによる危険です。これは主として内部被曝に寄ります。両方とも放射線のリスクですが、リスクの起源はまったく異なるのです。広島・長崎ではアメリカ核戦略により「内部被曝」が隠ぺいされ、主として第2の危険がないことにされてガン等に苦しむ被爆者が被爆者として認められずに切り捨てられてきました。そのために原爆症認定集団訴訟が起こされました。19回の判決がなされましたが、この判決全てで「内部被曝」が基本的に認知されました。困ったことには、認知していないのは国とそのサポートをする「学者」達です。国際放射線防護委員会ICRPは第1の危険だけしか見ることのできない被曝線量評価基準を持ち、内部被曝が見えなくされています。国やこれらの人は被爆者、を苦しめ続けた「第2の危険の無視:内部被曝の無視」をまたぞろ「福島」に押し付けようとしています。被爆者の苦しみを「福島」に再現させてはなりません。広島・長崎と「福島」を結ぶものは「内部被曝」です。


〈1〉放射線の作用は「電離」


福島原発事故では原子炉から放出された放射性埃(放射性微粒子)が住民の生活空間に押し寄せ、放射線を発射しています。

一般に「放射線」と呼ばれているものは、専門的に読むときには「電離放射線」と表現いたします。原子は原子核とその周りをまわっている軌道電子からなりますが、電離とは軌道電子が原子外まで叩きだされてしまうことです。放射線の作用のほとんどは、一番外側の電子を原子から弾き飛ばし、放射線自身は電離させるに必要なエネルギーを失うものです。

人間の体や、ほとんどの自然界では、原子が単独で存在せずに原子同士が結合して分子を作っています。放射線の具体的作用は分子にどのような作用を及ぼすかを考察する必要があります。放射線の基本作用は分子を切断することです。

〈2〉電離は分子切断


原子と原子を結びつける(分子を作る)力は電子が対(ペア)を構成することに寄ります。放射線が分子に当たれば、対を作っている電子の一つを吹き飛ばしてしまうので、分子は切断されます。その様子を図1に示します。
電離と分子切断

ガンマ線とアルファ線被曝の違い

図2


〈3〉分子切断の危険は、生命機能が破壊されることによる危険と切られた分子が間違って再結合することによる危険でメカニズムが全く違う(ICRP線量基準の欠陥)


(1)大量被曝の場合、分子切断そのものによる生命機能の破壊が生命体の危険に直結します。


 1mSvは人間のすべての細胞に100個の分子切断をもたらすほどの被曝です。ガンマ線(ガンマ線は物質との相互作用が弱く疎かに分子切断を行い、そのために遠くまで飛ぶ)的外部被曝で全身均等に被曝する場合も、内部被曝(アルファ線と半減期の短いベータ線)で放射性の埃の周囲に局所集中的に被曝する場合も、生命機能の破壊が急性症状として現れます。この場合は現在のICRP基準のように「吸収エネルギーを臓器あるいは全身の質量で割る」ことで大局的な被曝の評価が可能です。100mSv以上の線量で上記のような症状が生じると言われています。2番目のリスクの起源である「生命活動が生み出す、間違ってDNAが再結合しDNAが組み替えられて細胞が生き延びることによる危険」の主たる被曝形態は内部被曝です。内部被曝が米戦略に基づいて広島長崎から隠ぺいされたことは、ICRPに基準件として取り込まれ、内部被曝が見えなくされているのです。ICRPの吸収線量定義は臓器ごとの吸収エネルギーを測っています。これは被曝の具体性を一切捨象しているために第2の危険の実態を知ることが出来ず、「破壊の危険」しか見ることができない基準なのです。これを科学的側面から言えば、100mSv以下では破壊の危険が表面化しないものですからそれ以下の低線量ではリスクの現れようがないものとして、「評価する術を持たない」のです。ICRPの教条は「破壊の危険が表面化しないところにリスクは存在するはずがない」と教えるのです。低線量の「100mSv以下のデータは無い」、と政府をサポートするICRP「専門家」が言いますが、実は、100mSv以下のデータがないのではなく、ICRP体制(IAEA、WHO、日本政府等々)が内部被曝の被害を公式記録に載せないために、内部被曝の危険を表す疾病に「放射線との因果関係はない」と切り捨ててきた歴史が、このような言葉に現れているのです。データは山ほどあるのですが、政治的に切り捨てているので、「データは無い」と言っているのです。さらに「ICRPの教条に従えば、リスクが存在するはずがない」と信じているのです。ICRP基準ではこの「破壊の相」から低線量領域を単純に延長してリスクを推定していますが、全く起源の異なる危険を同一に扱うことは誤りなのです。またこれにより極端な過小評価を招いているのです。

(2)分子切断が行われながら細胞が生き延びることによる危険


第2の危険は、「生物学的修復作用の結果、つなぎ間違えて異常に変成された遺伝子が生き残ること」です。この危険の目安は「遺伝子の変成がどれだけ生じるか」です。分子切断が行われても正常な再結合が実現されれば、危険因子とはなりません。分子切断の密集度が、変成される危険度を与えるものです。これに加えて、機能分子の切断はもちろん重大な健康被害を生じさせますが、この場合も正常に修復出来なかった確率となりますので、あわせて分子切断の密集度が危険の尺度となります。この危険は分子切断が疎かに生じる外部被曝によるのではなく、主として内部被曝によりもたらされます。

つなぎ間違えを生じるような集中した分子切断は細胞レベルの目を持たないと観測できません。低線量内部被曝は、ICRP基準では全く評価できないのです。ICRP基準は低線量内部被曝を評価する尺度を持ち合わせていないのです(後述)。ICRPは「内部被曝も外部被曝も同じく測られる」と主張しますが、第1の破壊の危険と第2の異常再結合して生き延びる危険を、その特性に違いを考慮せずに混然一体と扱うことであり、明瞭に誤りです。被曝尺度のプロセスを分析的に「科学」することができないので、いつまでも内部被曝が見えないのです。実は、科学行為の前に政治的に内部被曝は隠ぺいされているので、科学陣が逆らえないのです。

(3)被曝の危険は人工放射能特有の放射性原子が集団をなすことで増幅します。


外部被曝の場合は、主としてガンマ線に被曝します。前述しましたが、ガンマ線が相互作用が弱いので、分子切断を疎らに行い、そのために遠くまで飛ぶことができます。遠くに飛べるので、外部被曝は主としてガンマ線によるとしていいのです。

人工放射性の埃(核兵器の死の灰、原子力発電所の漏れ放射能)は、天然に存在する放射性原子とは存在状態が異なることです。放射性微粒子あるいは放射性の埃等と表現されるように、多数の原子が微粒子の中に集中しています。直径0.1μm(1万分の1mm)の放射性微粒子ならば、原子数はおよそ10億個、直径が1μmならば原子はおよそ1兆個です。この放射性原子が集団をなす特徴を分析的に見ていくと内部被曝のベータ線の脅威が浮き彫りになります。例えば、ウラニウム等のアルファ線は体内(固体内部)では40μm(100分の4mm)しか飛ばず、この間に約10万個の分子切断をします。アルファ線は行きあう分子全てを切断するといって良いのです。アルファ線に打たれなかった近隣にある細胞も遺伝子が変成されてしまいます。これをバイスタンダー効果と呼びますが、これらを考慮すれば、アルファ線に打たれた後には近接して多量の分子切断が生じ、生物的修復作用の結果、再結合の際につなぎ間違えが生じる「遺伝子の変成」確率が非常に高まります。

図2にはガンマ線とアルファ線による分子切断の様子の違いを示します。ガンマ線による分子切断は、近接しての分子切断が無いので、生命活動の結果比較的に安全に正常再結合が果たされます。しかし、アルファ線の場合は近接して切断された多くの分子がありますので、間違って再結合してしまう確率が多くなります。異常再結合して生き延びることが大きな晩発性の健康被害に直結します。ICRPでさえ、放射線の性質による生物学的な影響の強さ(危険度)を「線質係数」と定義し、アルファ線の線質係数をガンマ線の20倍にしています。

これに対してベータ線は、(エネルギーを1Mevとして)約10mm飛び、その間に約2万5000個の分子切断を行います。1個1個の分子切断の間隔はアルファ線のおよそ1000倍です。たった一発だけのベータ線の危険を判断すれば再結合の際に繋ぎ間違えを起こす確率は非常に少ないと判断できます。これだけですと、ICRPのように線質係数(危険度)をガンマ線と同じく1(アルファ線は20)とするのも頷けます(ICRPの「線質係数」を設定し吸収エネルギーが係数倍にされるとしてリスクを表す方式を支持するものではありませんが、外部被曝での放射線のあり様だけを表現すると、ICRP線質係数がベータ線とガンマ線で同じであるという設定が理解できます)。ところが人工放射能は微粒子を形成し放射性原子が集団をなすという事実を考慮すれば、ベータ崩壊は半減期が短いのでその微粒子から多量のベータ線が単位時間内に放出されます。そのために分子切断の実効間隔は密になり、アルファ線と同様に、変成されたDNAを生じさせる可能性が大となります。直径0.1μmの放射性微粒子がセシウム137であるとすると1時間で2600本ほどのベータ線を放出します。ヨウ素131ならば、1秒間に1000本以上のベータ線が出ます。ベータ線は、内部被曝ではアルファ線と同等以上に分子切断の高い密度を持つことになります。飛程が10mm程度と小さいことはベータ線が届く小さな領域(質量も小さい)の中に全エネルギーが集中する(分子切断が集中する)ことになり、大変高い放射線の実効線量を記録します。この領域の中では大変密度の高い分子切断が行われ、異常に再結合した「変成された遺伝子」の生成確率は高いものになります。内部被曝ではアルファ崩壊やベータ崩壊で、外部被曝論者の予想を超えた被害が出る由縁です。ICRP論者はこれを「ICRPモデルに従っていないリスクの現れ方だから、放射線起因のリスクではありません」、と事実よりICRPの基準を優先して、事実のほうを切り捨ててきました。ベータ線の危険度が内部被曝と外部被曝では、全く異なることに注意する必要があります。

第2章 放射線の作用ー内部被曝の危険


〈4〉内部被曝と外部被曝


原子核から放射される放射線には3種類あります。それはアルファ線、ベータ線、ガンマ線です。アルファ線、ベータ線は原子の種類によってそれぞれ放出されるのですが、ガンマ線はそれら付随するものです。アルファ線は空気中では45mm、体内(固体内部)では40μmしか飛ばず、この間に約10万個の分子切断をします。ベータ線は、(エネルギーを1Mevとして)空気中では1mくらいまで、体内では約10mm飛び、その間に約2万5000千個の分子切断を行います。ガンマ線は物質との相互作用が弱く、疎らにしか分子切断を行わないので遠くまで飛ぶのです。人間の体を突き抜けますが、それは、ところどころにしか分子切断を行わないものですからエネルギーをなかなか消耗せず遠くまで飛ぶのです。


内部被曝は放射能の埃を吸い込んだり飲み込んだりして体の中の放射能の埃から出た放射線で被曝してしまうものです(図3)。人口の放射性物質は天然の放射性物質に比較して、集団をなして微粒子の状態を取ることが特徴です。直径が1μmの微粒子には約1兆個原子が含まれますその微粒子の中には他種類の放射性原子が含まれますので、内部被曝は全ての放射線で被曝されます。これに対して放射能の埃が体の外にあって、体の外から放射線がやってくる場合を外部被曝といいます(図4)。放射性の埃が体から1m以上の距離にあるとガンマ線しか被曝に関係しません。

矢ヶ﨑克馬資料図3内部被曝
図3 内部被曝


外部被曝
図4 外部被曝


放射性の埃が体外に在る場合(外部被曝)は飛程の長いガンマ線が身体に向けて発射された場合にだけ被曝する。この埃が体内に入った場合(内部被曝)は飛程の短いアルファ線、ベータ線も、しかもすべての方向に出される放射線が分子切断に寄与し多大な被曝線量を与える。

①DNAは全く同じ分子構造を持つ2本の巨大分子(2重鎖)で構成されます。内部被曝の場合は密に分子切断が行われますので、2重鎖の2本とも切断され、間違って再結合する可能性が増大します。DNAが再結合出来なかった場合はその細胞は死滅すると言われます。元どおり修復できれば正常な細胞が維持されます。つながる先を間違えて再結合しDNAが生き延びた場合は、変成(組み換え)されたDNAが生き延びます。健康に対して最も危険度の高い状態が出現します。図2の下図を参照してください。

図5はガンマ線がDNA分子切断を行う場合を描きますが、それは2重鎖の1本だけを切断するようなものです。ガンマ線の場合は切断場所が他の切断場所と離れて孤立していますから、生物学的修復作用により間違いなく元どおりになる可能性も高いものです(外部被曝)。図2の上図ご参照ください。それに対して高密度の分子切断を受ける場合は図6に表すように遺伝子の2重鎖を切断するような密集した切断を行います。DNAの変成される確率が高くなります。

被曝したその人の中で、何十回も変成が繰り返されると、がんが発生すると言われます(晩発性がん)。放射線量が低くても、DNAの変成は動植物に危害を与えます。ちなみに、従来の公衆に対する限度値1mSVは、全身全ての細胞に100個ずつの分子切断を与えるほどの被曝線量で、これ自体大変危険な被曝線量です。外部被曝しか考察できないICRPモデルでは全ての細胞に100個ずつという単純化と平均化を行なっていますが、内部被曝の場合は密集した分子切断を受ける部分とあまり被曝しない部分が生じます。密集した分子切断を受ける部分は大変高い健康リスクに直結します。また、変成されて不安定となったDNAが子孫に伝わることがあります。変成された遺伝子は子や孫に「変成された遺伝子の不安定さ」として受け継がれます。

矢ヶ﨑克馬資料図5二重鎖の一本切断
図5 二重鎖の切断


②遺伝子ではなくて他の細胞分子を切断する場合も、高い健康リスクを負います。例えば、神経線維の分子切断は信号の授受機能を破壊します。その他あらゆる生物的機能を持っている細胞の分子が切断されます。もちろん整粒学的修復作用は働きますが、これらの分子切断は様々健康不良状態を招きます。

セシウムやストロンチウムやヨウ素など、ベータ線を出す原子を含む放射性の埃が食べ物と一緒に体内に入った場合、放射性物質の周囲1cm程度までの距離に集中的な被曝=「分子切断」を行いながら食べ物と一緒に移動し、腸管から吸収されます。この際、身体の器官として腸管が集中的に被曝を受けるものですから、薄い腸壁の膜に深刻な障害を与えて下痢を引き起こします。特にストロンチウム90はエネルギーの高いイットリウムのベータ線を伴うものですからこの作用が大きく、腸管から吸収され血液に乗って体中に運ばれる前に大きな危害を加え、その上に骨などに定着してさらに深刻な被害を与えるのです。これに対し、腸への障害がガンマ線により外部被曝によって行われた時は、ガンマ線は相互作用の小さい放射線ですので、なかなか腸壁そのものを被曝することが出来ず、大量の被曝線量を必要とします。内部被曝の実効線量は外部被曝の600倍(ECRR)と言われる所以です。

内部被曝では放射性原子の性質に応じて体の各部分に定着してしまいます。例えば、ストロンチウムは骨を構成しているカルシウムと原子の外周を回る電子の性質が同じため、科学的に似た性質を持つものですから、骨や歯に取り入れられやすい性質を持ちます。また、いったん骨に沈着すると、ストロンチウムに限らず多くの核種がそうですが、容易に体外に排出されません。骨に沈着した核種が生物学的に排出されて半分になるまでに約50年(生物学的半減期)かかると言われています。内部被曝の深刻な健康被害のひとつです。

さらに生命機能分子を切断した結果は、「原爆ぶらぶら病」等と呼ばれる慢性的疲労感、倦怠感、行動が長続きしないなどの健康被害を与えることが知られています。

〈5〉内部被曝では局所的に被曝線量が大きくなる部分が危険度を表します


上述のように、放射性の埃(微粒子)を身体の中に入れてしまった場合は、アルファ線も、ベータ線もガンマ線も、全ての放射線が被曝に関与し、アルファ線やベータ線は密に分子切断を行いますので、ガンマ線だけと見なせる外部被曝より危険でかつ多量な被曝線量を与えます。

加えて崩壊系列による被曝線量が重ね合わさって増加することも深刻です。内部被曝ではその原子が安定に至るまで放射線を放射し続けます。それを崩壊系列と呼びます。(崩壊系列の中では系列の中の最長半減期を持つ原子の崩壊が、その系列の実体的な半減期となります。)内部被曝では崩壊系列中の全ての放射線が被曝に関与します。例えば、ヨウ素131の場合、ベータ線を出してキセノンに変わり、同時にガンマ線を出します。キセノンはさらにガンマ線を出して安定になります。3本の放射線が関与しヨウ素のガンマ線だけを数える外部被曝の4.5倍エネルギーが身体に吸収され分子切断を行います。また体の中にある放射性の埃の周りには密集した分子切断の領域が実現し、放射性の埃が身体の中にあるかぎりその被曝状態が継続します。これは放射性原子が一個一個で存在する自然放射能物質による被曝と、原子が集合体を形成する人工放射能物質による被曝実態の大きな違いです。外部被曝より内部被曝がより危険な被曝形態です。

(現象論から本質論へ)

従来は「確定的影響」や「確率的影響」という言葉で、急性症状と晩発性症状が区別されてきました。今現れるから確定的、今現れないから確率的、というものでしょうが、確定的影響でも純然として確率的な現れ方をします。「放射線の影響がどのように現れるか」は放射線の基本作用と生命体の反応の仕方を分析しますと、明瞭に二つに分かれます。それが「破壊される」影響と「生き延びることによる」影響にわかれます。ニュートンによる力学の確率までは「ものが動くことは力が働く証拠である」、あるいは「天動説」が唱えられていました。ニュートンが物体の「位置と時間」の関係ではなく「速度の変化と力」の関係によって法則を解明しまいた。今、放射線化学は次章で解明するように「内部被曝」を隠してその分野の被害を「認めない」実践活動をしてまいりました。一つの重要な分野を考察対象から排除して、まともな科学が行えるはずがありません。現行のICRPを世界観とする放射線「科学」分野は、現象論さえまともに展開することが敵っていません。政治的支配からの脱却と分子生物学などの具体的科学で本質論が展開できる科学としての確立が求められています。

第3章 放射線被害の隠ぺいとICRP


〈6〉原爆投下後にアメリカ政府により、「被爆地に放射性の埃はなかった」と事実と違う虚偽の処理をされました。内部被曝が隠され膨大な被害者が切り捨てられたわけです

アメリカの解禁文書によれば、アメリカは「カクヘイキは通常兵器と同じ。放射線で長期にわたり命を脅かすことは無い」という核兵器の虚像を描くために、内部被曝を隠ぺいする(被爆地から放射性の埃が無いことにし、内部被曝を「生じようがないもの」にしました)という核戦略が強行されました。原爆投下後、日本を占領していた時代に被ばくの実態を歪め、アメリカ国内委員会である防護委員会を国際組織のICRP構成に利用し、「内部被曝委員会」を活動停止させてICRPの被曝基準を設定しました。「科学者」を動員して「科学的粉飾」を行わせたのです。その内容は、①放射性降下物はなかった、②初期放射線だけが被爆者(市民)を被曝させた、③被曝線量評価の物差しであるICRPから内部被曝を見えなくさせたという3つの巨大な科学操作をしました。

放射性降下物を無くした方法は、枕崎台風を利用したことです。広島では、床上1mの大洪水の後に、長崎では1300mmの豪雨の後に、大挙して「科学者」に測定させ、かろうじて残存していた埃の放射線強度を用いて「始めから放射性の埃はこれだけしか無かった」(DS86)としました(図7)。放射性の降下物が無かったとした結果を受けて、放射線は初期放射線しか無かったとし、爆心地より2km以遠の人々は放射線を浴びていなかったこと(非被爆者)にしました(図8)。原爆傷害調査研究所(ABCC)は被爆者の傷害から内部被曝を排除して統計処理をしました。ABCCや放射線影響研究所(放影研)が被曝していない人々として2km以遠の人々は、全国の統計に比してずいぶん高い死亡率や発病率が見つかっています(ドイツの女性科学者ホイエルハーケの研究)。

(1)放射能環境DS86に於ける放射能測定
矢ヶ﨑克馬資料図7放射能の埃はなかった

(2)被曝被害ABCCによる内部被曝無視
矢ヶ﨑克馬資料図8初期放射線による被曝しかなかった

アメリカの内部被曝隠ぺいの意図は、日本政府により「被爆者認定基準」集約されました。内部被曝を欠損させた基準を作成したのです。「被爆者認定基準」は本当の被曝実相を反映していません。多くの疾病に苦しむ被爆者は「あなたは放射線には被曝していません」と切り捨てられ続けました。原爆症認定集団訴訟では全ての判決で、内部被曝が認められましたが、ICRPに従う国や多くの機関や「科学者」はこの結果を受け入れていないのが日本の悲劇です。現に進行している福島原発による被曝の見方は大きく歪められています。被爆者が味わった苦しみを「福島」で再現するべきではありません。

(7)国際放射線防護委員会の基準は内部被曝無視と功利主義
(内部被曝を見えなくする)

上記の結果を利用してまとめられた、国際放射線防護委員会(ICRP)基準は内部被曝が見えなくされている基準です。ICRPの特徴を図9に示しました。内部被曝を見えなくさせている線量評価の方法は、単位質量あたりに吸収されたエネルギーと定義することから始まります。そして、分子切断等に費やされた吸収エネルギーを臓器全体の平均として求めることが、内部被曝を隠すために決定的となる方法です。これにより内部被曝の危険性が排除されています。

(3)被曝基準 国際放射線防護委員会
矢ヶ﨑克馬資料図9ICRP
放射性降下物による内部被曝を考慮した死者数 1945-1989 
矢ヶ﨑克馬資料.放射線で命を落とした人数

ICRPの被曝線量の定義は次のように記述されています:「吸収線量はある一点で規定することができる言い方で定義されているが、しかし、この報告書では特に限らない限り、ひとつの組織・臓器内の平均線量を意味する」(1990年ICRP勧告第2章)。分子切断の結果、つなぎ間違える確率は細胞レベルを基本単位とした評価基準を取らないと(一点で規定しないと)決して見つけることはできません。分子切断の実態は臓器ごとの平均化単純化をおこなってしまったあとでは決して評価することはできないのです。この定義では内部被曝の切り捨てを宣言しているのですが、この定義が、「分子切断の結果、異常な結合を果たして晩発性の健康被害を生みだす【異常再結合をして生き延びる生命活動による危険』を決定的に無視出来る仕組みとなり、具体的な被曝の様相を無視する」ことの中心的手段となったのです。すなわち「具体性の捨象」が、内部被曝を切り捨てる決定的❝悪行❞の武器となっています。これがまさに「科学で本質を奪う」ことに作用をおよぼしているのです。科学することは具体的に物を見ることです。対象を具体的に個々に見ることなしには被曝を研究することは決してできません。にもかかわらず、具体性を一切捨てさって、単純化平均化をしている「ICRP被曝の尺度」を用いることによって、被曝を研究すべき科学者が科学することから遠ざけられたのです。

(放射線による犠牲者数)

欧州放射線リスク委員会(ECRR)は1945年から1989年までに世界で放射線により命を失った人の数を6500万人と推定しています。しかし、ICRP基準で試算すると117万人です。

この違いは内部被曝を勘定に入れるか入れないかの違いです。この評価結果を図10の表にまとめました(ECRR)。日本の深刻な状況は、ICRPを建前とする日本の人たちの多くがこの食い違いをまじめに検討しようとせず、無視していることです。ECRRの方法が荒っぽい云々という評価もあります。ECRRは内部被曝を考慮しているので、より本質的だという見方もあります。それらは科学的に検討することで、被曝を本当にありのままに見る科学へと昇華させることができるのです。客観的な被曝評価基準の確立が急がれます。

(ICRP基準は人命を守るものではない)

さらにICRP基準の考え方は、「人に対する健康と、経済的・社会的要因(原子力発電による発電の利益等)の両立を考えて限度値が設定」されることを建前としています。しかし実際は、原子力発電の都合を優先しており、人間の健康が第一に考えられているものではありません(1990年ICRP勧告第4章、功利主義、図9)。放射線による犠牲の受忍を強いているものです。ICRPの基準はもともと原子力発電の推進上の都合と人の健康を天秤に掛けたものなのです。年間1mSVから20mSVまで公衆の被曝限度を上げることは、住民の健康を犠牲にして原子炉の破綻処理の都合を優先したもので、主権在民の原理から許されるものではありません。具体的な被曝回避措置を行わずに、被曝限度値を上げるだけの行政は「民を打ち捨てている」ものです。ICRPでさえ、リスクは線量が低くても存在する、と言っているにもかかわらず、政府はICRPをさらに悪用して、「限度値以下ならば安全です」という宣伝さえしています。「直ちに健康への被害はありません」とあたかも「安全である」かの(ような)宣伝をさせるのは住民の健康を守るべき政府の行うことではありません。晩発性の被害を加速させるものです。

(ICRP体制の行なってきたことは現実の犠牲者を放射線障害から切り離したこと)

現実をありのままに樗子チェルノブイリ後の健康被害を科学的に研究しようとしている多くの研究者がいる反面、チェルノブイリの被害がないかあるいは極めて少なく見せようとする動きが未だ主流を占めています。チェルノブイリ以降、周辺で健康被害が報道されるたびに、原子力機関(IAEA)や世界保健機構(WHO)のICRPを推進する国際機関は「放射線起因だとは認められない」と即座に切り捨ててきました。その典型的現れはIAEAの依頼を受けた国際諮問委員会が「チェルノブイリ事故に関する放射線影響と防護措置に関する報告」において次のように報告しています。「住民は放射線が原因と認められるような傷害を受けていない。今後も現れないであろう。最も悪いのは放射能を怖がる精神的ストレスである」。委員長は当時放射線影響研究所(放影研)理事長を務めていた重松逸造氏、DS86の監修責任者ICRP委員、日本アイソトープ会長などを歴任した「専門家」です。彼と政府を支える学者ICRP論者さん達は、ICRP設立の目的そのものを忠実にチェルノブイリにおいて実践しました。疾病を精神的ストレスのせいにするのは長崎の「被爆体験者」の扱いにも同様に表れています。精神神経科の病院に通院しないと健康手帳を給付しないのです。ガンや体調不良が「放射能を恐れる精神的ストレス」によるとされるのです。何と恐るべき人権感覚でしょう!IAEAやWHO等も公式記録としてのチェルノブイリの被害を、ごく狭い周辺だけに限定しようとし、被害も甲状腺疾患と少数のガンだけに限定しようと懸命です。今日、国側のICRP論者達はそれをさらに歪めて、「多くの研究者がチェルノブイリに赴き、必死で探索したが疾病は見つからなかった」と発言しています。また、原爆症認定訴訟の結果を無視し続けます。「100mSV以下のデータが無い」等というのは、ICRP論者がそれらの犠牲を切り捨て、公式記録から排除した結果でしかありません。科学が具体的で誠実である時始めて命を救う力になることができます。誠実な科学が求められるにも拘わらず、政府を支える学者ICRP論者たちのやっていることは、アメリカの核戦略をひたすら支えて、核の犠牲者を隠匿する役割を今もなお果たすことになっているのです。

ECRRはチェルノブイリの影響を世界中で疫学調査をした結果、平均値として「内部被曝の実効線量は外部被曝の600倍」としています。内部被曝の特性を考慮すると妥当な大きさです。このSv単位の数値を10分の1にすればこれがリスク係数です。内部被曝を切り捨てる政府を支える学者ICRP論者が外部被曝の3%等と言っているのはとんでもない過小評価です。ECRRの研究結果は少なくとも参考として検討すべきです。

第4章 現に進行している被曝の回避に全力をー日本を被曝地獄にしてはならないー


〈8〉汚染された土地での生産物は「検査せずに売るな、食べるな」を原則とすべきです。太平洋側での海産物も「検査せずに売るな、食べるな」ー住民被曝回避の措置こそ直ちに実施すべき

1)政府の限度値は棄民:命を守るものではなく食べさせるため

日本政府が設定している暫定限度値(水など200Bq/kg、その他500Bq/kg)は諸外国と比較しても非常に大きな値です。政府が政府を支える学者を動員として、「限度値以下は安心して食べなさい」と大宣伝してることが、汚染や内部被曝を許す根源です。政府の「限度値以下なら安全政策:国民皆被曝政策」をこのまま許せば、日本人全体の被曝は加速度的に進みます。

政府の巨大な限度値は「統治」のための値で、国民の内部被曝を軽減するための値ではありません。内部被曝を無視してきた人たちが「100mSv以下のデータはありません」と言って被害者を切り捨ててきた土台の上に、「国民は黙って言うとおりに内部被曝していなさい」という棄民政策なのです。いままでの「切り捨て」が今度は東電と政府の都合だけのために動いています。「事故直後は高い限度値で当たり前、やがて減少させていく」は、国民の健康を犠牲にして、大企業と国の責任を逃れるための「統治」のための棄民です。汚染が高い時ほど国民の被曝を積極的に防護するのが国の責任です。電力等の大企業の都合を人命より優先させてはなりません。

特に主食の限度値は減少させるべきです。主食のパン等はチェルノブイリ周辺の諸国でも少ない汚染度に限定されています。ウクライナでは20Bq/kgです。ドイツは8Bq/kgで子どもに対しては4Bq/kgです。即刻国はこの程度まで減少させるべきです。すぐ消費者と生産者は自主的に実施すべきです。

①全ての食料産地に測定器を完備させる必要があります。汚染地域・海域での農産物・海産物は、放射能測定をしなければ売ってはいけない。さもなくば、獲らない、売らない、食べない。東電に測定器を購入させるべきです。
②政府は生産者保証と行うと共に、汚染ゼロの食品を国民に提供せよ。
③政府の限度値の50分の1程度を国民の命を守る上での限度値として、それ以上の汚染食品は市場に出さない、食べない、ことを生産者と消費者が一体となって実現しましょう。それ以上の汚染生産物は東電に買い取らせる。生産者の尊厳・全市民の命を守りましょう。
④汚染のない(少ない)日本の地で、休耕田などを利用して、食料大増産を行う計画を立て、移住などとの関わりで集中的に取り組むべきです。汚染地域の農家に全面協力をお願いするものです。



さもないと周辺諸国に大迷惑をかけてしまいます。お金の問題ではありません。いくらお金がかかろうと、汚染地域の住民の命を守り、日本民族を守るために実施すべきです。大量の汚染作物が出まわらないうちに根本的な対策が必要です。生産者も消費者も共に被害者です。共に日本民族の内部被曝を避ける政治と生活を実現するために手を携えましょう。

2)まず政府は汚染処理を住民の命の保護との関わりで論ぜよ。

年間1mSvの限度値以上の汚染地での学童の疎開を即刻手配せよ。住民に一時的にも移住の保証せよ。そのうえで居住可能な汚染度の土地には徹底した除染をプロの手で行え。人命尊重の観点を徹底させること。汚染度を考察しないで、除染を「人を住まわせ続ける口実」にしてはならない。

 放射能汚染された土砂や、草木の捨場を自治体ごとに、都道府県ごとに即刻定めること。汚染された汚泥等の再利用は絶対にさせず、全て放射能汚染物集積場」に廃棄すること。これをしないと、汚染汚泥等が2次的に被曝を進める「重積的被曝構造」が進みます。汚染物質の再利用は一切禁止する必要があります。今、住民を被曝から守ることが、やがて生じる巨大な健康被害、莫大な医療費などを軽減し混乱を回避します。とにかく、放射能汚染処理の責任を東電に果たさせることを基本として、安易に市民の収めた税金で実施することしないでおきましょう。

3)今、住民、特に幼児、学童、妊婦、病人等の「被曝弱者」の被曝を最小限にする施策が求められます。

1mSv/年の通常の基準値が仮にも与えられているならば、仮にも子どもは年間1mSv以下、と約束したのならば、政府は誠実に実施すべきです。この値以下に住民被曝を抑える措置を全力で実施すべきです。「限度値を20mSvにする」として、住民が被曝を増加させるのを政府が要求するようなことは「主権在民」の原理に反します。政府には住民の被曝回避こそ責任があり、国民の健康を打ち捨てることは許されません。高い汚染地では住民を積極的に避難させるべきであり、避難している人たちに即刻の援助を差し伸べるべきです。特に若いお母さんが子どもの被曝を防ぐために血のにじむ思いで日々を暮らしています。このようなお母さんたちの努力があり、日本の子どもたちが未だ守られてます。政府は爆発直後、安定ヨウ素剤を保有しているにもかかわらず投与する措置を取らずに住民を見捨てました。若い母親たちは当然国が行うべきことを自らの負担として実施しているのです。政府は決して国民を見捨ててはなりません。未だ日本に安全なところがある以上、子どもたちの教育は、安全な場所で教育するために政府は最善の努力をすべきです。

4)長期的視点での土地の汚染:まず現在の汚染度が居住を許すものであるかどうか「命を守れる基準値に基づいて判断すべきです。

避難か除染かの区別がまず大事です。何も手を加えなければ、半永久的に住民を被曝させ、汚染した作物を生産し続けます。東電・政府の責任で汚染のない国土の再現を果たさせなければなりません。生活と生産の場の除染を最優先させるべきです。何百年と培ってきた微生物と小動物の生態系が破壊されないよう両者を維持できるようなうまい方法を考えるべきです。短期的な観点と長期にわたる視点に立って最善を尽くしましょう。

5)今後長期にわたって、住民の健康を管理するきめ細かい健康診断制度が必要です。

6)健康被害あるいは晩発性がん等による犠牲者が出た場合に備え、医療的な補償制度を確立する必要があります。今具体的に被曝を防護する施策を行うことは、将来必要となるであろう医療費を抜本的に軽減するものです。進行しつつある被曝を、今軽減させることが求められています。

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