スポンサードリンク

過去記事です。

広島と長崎に原爆が落とされたのは必然か。

1945年8月6日午前8時15分。
エノラ・ゲイが飛来し、ウラン型原子爆弾「リトル・ボーイ」を投下した。これは実戦で使われた初めての核兵器です。今日この日は日本にとって、いや世界にとって絶対にわすれてはならない日。


原爆が落とされたのは、戦争を終わらせるためという話が出回っていますが、本当のことを知ると恐ろしくなります。

原爆が落とされた背景

1945年8月、第二次世界大戦は、広島ウラン型と長崎プルトニウム型の二つの原爆で幕を閉じた。すでに戦力を失っていた日本にこれを落とす必要はなかったが、戦後の世界の主導権を握るためアメリカは投下した。マンハッタン計画で原爆製造に使われた費用は20億ドル。当時の日本のお金で約90億円。太平洋戦争が始まった年の日本政府の一般会計予算71億円をはるかに越える。ウラン型とプルトニウム型、この二種類は材料も爆発の仕組みの少し異なる。ウラン型はまず100%爆発確実だが、プルトニウム型は何とか7月に実験には成功したものの、爆発システムが不発弾になる可能性が高い。兵器としてはプルトニウム型のほうが優れており、ぜひとも実際使用を成功させてその殺傷力の違いも知っておきたい、というのが、アメリカ政府にとっても開発に暗躍した死の商人たちにとっても譲れないところであった。実は原爆開発の提案者であった科学者のシラード(ハンガリー生まれの物理学者、ドイツより亡命、イギリスそしてアメリカへと渡った)は、すでに5月にドイツが降伏しているにもかかわらず、その後も開発を進める政府に疑問を感じて、日本に原爆を投下しないよう要請した。しかし「すでに使ってしまった金を、結果を示さずに議会に承認させることができると思うか」と、この件の中枢にいた国務長官バーンズに一蹴された。使用は意図的であったのである。


日本の和平工作を無視

日本に原爆を落とすため、アメリカは日本が降伏しないようさまざまな手を使った。7月26日にアメリカ、イギリス、中国との三カ国の名で発表されたポツダム宣言は、天皇制が護持できるかどうかということにこだわっていた日本に対し、これにまったく触れない内容に留めることによって、日本がこれを受諾しないよう仕向けられており、はたして日本はそのことを理由にこの宣言を受諾しなかった。

アメリカは、日本の生産力が底を突きかかっていること、また天皇の地位さえ保てば日本はのこのことはすべて無条件降伏することを知りながら、すでに日本から打診されていた和平工作に応じようとせず、ひたすら原爆の完成を急いだのである。


武器工場をあえて目標から外す


アメリカはプルトニウム型原爆の完成まで、日本が降伏をしないようギリギリのところで応戦させる力を残させていた。

・周りは焼け野原なのに被害を受けていなかった大阪陸軍造兵廠を本格爆撃したのは、終戦前日が初めてであった。

・山口県光市の海軍工廠や愛知県春日井市の陸軍造幣廠をも温存。こちらも終戦前日に爆撃。

・各地の鉄道も無傷で残しておいた


原爆を落とすまでに行われた工作

原爆投下の時期近づくと、その目標は広島と小倉に絞られた。投下目標は軍事拠点の一つと定められていた。最終的に小倉が長崎に変更されたのは、小倉の天候が悪く、被害状況を観察できないという非人道的な理由であった。原爆投下を警告なしに行うことには、スティムソンら軍事幹部がこれを厳しく批判し、太平洋上の艦隊か、あるいは日本であっても少なくとも東京湾なりに威嚇を示してからにするべきであると、強く要望を出していたが、これもまた戦術のバーンズによって強烈に却下され、トルーマンは2発とも予告なしの投下を選択した。そして、非人道的といえば最初の投下の広島についても正に念入りで、8月に入る前からB29は連日深夜、警報のサイレンは鳴っても何もせずただ通過していくだけであった。人々はやがて慣れっこになり、警報が解除されると安心して防空壕から出てきた。8月6日も、前夜にB29は通過し、翌朝再び飛来があっても警報が解除されたあと、人々が安心して活動を開始している最中に、エノラ・ゲイが到着した。できるだけ大勢の人が無防備な状態でどのような被害を受けるか、その人体実験をなされたのが、この第一投であった。


参考
「危険でも動かす原発」内藤新吾著


内藤新吾
1961年兵庫県生まれ。幼少で母父の順に死別、継母の虐待を逃れて家出し、裁判の後8歳で養子に行った家の祖父はかつて大阪で某元財閥の軍事工場長だった。個人倫理より国家の悪が最大の悲劇をもたらすことを知る。牧師となって赴任した名古屋で原発被曝労働を繰り返した野宿生活労働者との出会いがあり、以来十数年、原発問題に取り組む。電磁波問題の日本での草創期にも深くかかわった。現在、日本福音ルーテル掛川・菊川教会牧師、「原子力行政を問い直す宗教者の会」世話人、「浜岡原発を考える静岡ネットワーク」役員。さらに、現在千葉県松戸市に異動になっている。




記事が良かったなと思ったら、拡散していただけると嬉しいです( ^o^)ノ





◆ブログ記事の充実・内部被曝の小さな勉強会開催のため、
こちらのリンクからAmazonでお買い物していただけると助かります。


にほんブログ村 環境ブログ 原発・放射能へ ◀クリックで人気ランキングに投票を!
クリックするとこのブログが加点され、ランキングが上がります。

訪問者数の多い記事